2011年02月の記事


城南宮
今日は朝から少し寒いけれど良いお天気だね。

今週は暖かくて暑いくらいの陽気だったし、そろそろ梅の花も見頃かなって思って、京都の伏見区にある城南宮まで梅を見に行って来た。

城南宮といえば方除(ほうよけ)の神社として有名で、特に神苑で行われる曲水の宴は季節の風物詩として、マスコミに取り上げられる事も多いね。

その城南宮には有料(500円)の神苑と言う庭園があり、源氏物語・花の庭として季節の花を楽しめる庭園になっていて、私も時々四季の花を楽しみに訪れている。

神苑に入ってすぐの春の山は梅園になっていて、たくさんの梅の木が植えられている。

その春の山の梅の花はまだ咲き始めた程度で少し寂しい感じだよ。

去年の今頃は満開の美しさだったし、今年は少し開花が遅れてるのかな。

それでも咲き始めたピンクや白い梅の花で別世界のような雰囲気だよ。

来週くらいは満開でもっときれいなんだろうなぁ。
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ロンドン焼き
京都の新京極で名物と言えば「ロンドン焼き」である。

新京極の四条通から上がってすぐにお店があり、店頭のガラス張りで機械でロンドン焼きを作ってる様子を見れるようになっている。

戦後間もなくできたお店だそうで、私も子供の頃に食べたくらいで、大人になってからはからはあまり食べたことはなかったけれどお店の前はいつも通っていた。

先日に、久しぶりに買って食べたら美味しかったよ。

カステラ饅頭と言うのか、そうベビーカステラに白餡を入れた感じかな。

一口サイズの大きさで10個入りが557円と手頃なお値段。

ちょっとしたおやつに良いかも知れないね。
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芦のまろ屋
今年もそろそろ梅が咲き始める時期になったので、私が毎年行っている京都の「梅宮大社」まで行って来たよ。

梅宮大社は右京区の松尾の近くの梅津にある古社で酒造りと子授けや安産で知られており、特に子授けの御利益が有名で、神殿の前にある「またげ石」と言う神石をまたぐと子宝に恵まれると言われ、有名人を初め多くの人に信仰されていると言う。

また、梅宮の名前の通り、梅の名所としても知られており、境内にも多くの梅が植えられているが神苑には梅園など多くの梅が楽しめるようになっている。

でも、私が行く時はいつも早すぎて梅があまり咲いてない事が多くて、今年も早咲きのが少し咲いてるくらいであまり咲いてないよ。

もう少し時期を考えろよ・・・自分!

判ってるんだけどねぇ、梅の満開の時期には他にも行きたい場所があるのでどうしても梅宮さんは早めになってしまうのね。

さて、神苑には梅の他にも季節の花が植えられており、中でも池中亭茶室は「芦のまろ屋」と呼ばれる建物で、大納言・源経信が読んだ和歌で百人一首にもある「夕されば門田の稲葉訪れて、芦のまろやに秋風ぞ吹く」と詠んだ芦のまろやと言う建物は、この梅津の地に現在に残る唯一の物だそうである。

梅の花ごしに見える芦のまろ屋は風情があっていいですな。

と言うわけで、今年も梅はあまり咲いてない時期になってしまったけれど、この梅宮大社にはネコがたくさん居てるので、いつも梅を見に行くと言うよりもネコを見に行く感じで楽しんでるよ。

来週くらいから、ぼちぼち梅も見頃になるかなぁ。

来週は満開の梅の花を見に行きたいよう。
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あだしの まゆ村
昨日に嵯峨野に行ったとブログに書いたが、ほんとうの目的は奥嵯峨野の化野にある「あだしの まゆ村」に行く事だった。

あだしの まゆ村は、繭を使った繭人形のお店で、化野念仏寺の近くにお店がある。

参道には小さなお店もあるが、その近くにあるショーウィンドの横の石段から二階にあがったところに本当のお店が開いている。

繭人形は、繭を使って干支のお人形や季節のお人形、今の時期なら雛人形とか五月人形とかも作られていて、二階のお店にはいろいろなお人形が展示販売されている。

繭で作られているために柔らかくて優しい雰囲気のお人形で、職人のおじさんが一人で手作りされているそうだ。

それだけに、一体一体が少しずつ表情や仕草が違うのも魅力でもある。

お値段も一体ものなら千円前後と手頃なので買いやすい。

私も行くたびに何体か買って帰っては集めたり、知り合いに送ったりしているのである。

また店員さんも気さくで話好きな方なので、二階のお店ではお客さんにお茶を出していただいて、いろいろとお話できるのも親しみが持ててお店の魅力である。

私も、毎年何度かこのお店に訪れるのも、繭人形ももちろんだが、店員さんとお話できるのも楽しみになっていて、また店員さんも私を覚えていてくださってるのもうれしいね。

この日も、朝の9時頃から開店してるので早朝からうかがって、あれこれとお茶をいただいたりしながら一時間くらいも話し込んで楽しい時間を過ごせたよ。

嵯峨野に行かれる方は、ぜひ化野にまで足を伸ばして二階のお店に訪れて見られたらいかがだろうか。

きっと思い出に残るものになると思うよ。
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雪の嵯峨野
今日は京都の嵯峨野に出かけてきた。

早朝から出かけたけど雪の降るお天気で、嵯峨野も雪が積もるくらい降っていたよ。

嵯峨野も山や木々が雪が積もって雪景色で良い感じだね。

落柿舎も雪で冬の落柿舎も趣がありますな。

嵯峨野をぶらぶら散策しながら、清涼寺に行くと清涼寺もお庭や建物の屋根とか白く雪化粧していたよ。

それから奥嵯峨野の化野の方にも足を伸ばして、雪の嵯峨野を楽しんだ。

帰る頃には雪が雨に変わり始めて、雪が解けていた。

雪の嵯峨野を楽しめたのは朝に散策した人だけだったかも。

寒かったけれど、雪景色の嵯峨野が風情があって良かったよ。
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女たちの怪談百物語
「女たちの怪談百物語」を読んだ。

これは、もともとは「幽」と言う怪談専門誌の企画で行われたもので雑誌には抜粋で掲載されたものが、本になって全話掲載されている。

宇佐美まこと・伊藤三巳華・岩井志麻子・加門七海・長島槇子・三輪チサ・神狛しず・宍戸レイ・立原透耶・勝山海百合ら10人の女性作家がそれぞれ作法にのっとって百物語を行った記録で、見届け人は京極夏彦氏である。

それぞれの体験談や聞いた話が語られるので実話だと思うとやはり怖いね。

それでも、一話一話は短いのでさくさく読めたよ。

百物語は儀式であり、きちんと作法を守って行わないといけないし、遊び半分でやってはいけないものである。

それぞれの話も面白いけれど、それらの話の間に行われたであろうトークが書かれていないのが残念な気がしたよ、と言うかこのメンバーでのトークや話し合いも聞いてみたいなぁ。
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ポーの一族
先日、本屋さんでコミックのコーナーを見てると、萩尾望都さんの「ポーの一族」の文庫版が三冊揃って置いてあった。

ちょうど、久しぶりに読みたいと思ってたので、さっそく買って読み始めたよ。

若い頃に読んでるんだけど、久しぶりで懐かしかったよ。

パンパネラとなり年を取らなくなった少年エドガーを中心に描かれる美しくも哀しい物語が胸に沁みていくね。

最近の若い子らは知らないかも知れないけれど、ある程度の年齢の女性ならタイトルくらいはほとんど知ってる名作だよね。

久しぶりに読めて良かったよ、最近の若い子にもぜひお勧めしたいファンタジーだよ。
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節分
2月3日は節分である。

もともとの節分とは、「節分かれ」(せちわかれ)といって季節が変わる節目のことで、立春の前日をさすと言う。

本来の節分は、冬から春への変わり目になり、季節が変わる大切な節目としていたが、今では外から邪気や悪魔が入ってくるのを防ぐようになり、庭からくる鬼に大豆を投げつけて追い払うように変わっていった。

節分と豆まきについては京都にこういう話が残されている。

むかしむかし、洛北にある「深泥池」(みどろがいけ)には「豆塚」という塚があったとされ、平安京の北には鬼たちが夜になると出没し悪さをして人々を困らせていたと言う。

この鬼たちは洛北の貴船の谷に住み、地下道を通って深泥池の畔の穴から地上に出て騒いでいたそうだ。

そこで困った人々は、鬼を退治するために鬼が嫌っている豆を投げ入れたところ、鬼は静かになり出てこなくなり、それ以来、鬼の出入りする穴に節分の豆を捨てるようになったとされ、これが節分に豆をまいて、鬼を追い払うことの始まりだと伝えられている。

何でも、この鬼の穴の跡に豆塚があったとされていて、それが近くの貴船神社ではないかと言う説があるそうだ。

ところで、豆を投げられ追い払われた鬼たちは、奈良の吉野の金峯山寺に暖かく迎えられていたそうで、そこで鬼火の祭典で今までの悪行を改心すると、「良い鬼」になっていったと言う。

その事から、この金峯山寺では「福は内、鬼も内」と、ほかとは違ったかけ声で豆まきが行われるとされている。

豆については他にも諸説があり、鞍馬山の毘沙門天が大豆で鬼の目を打てと命じられたと言う話に由来して、鬼の目を打つので「魔目」(まめ)と言う説、また魔を滅する「魔滅」(まめつ)から豆にになった説などがある。

また、豆を枡に入れて撒くことも縁起の良いことだそうで、枡はもともと米や酒を計量するのに用いられていたもので、公明正大な神の力を象徴しているそうだ。

その枡に豆を入れる事で神の力が豆にも宿り、鬼や疫病を祓う力にもなると言う。

なお、豆を撒いた後に豆を食べるのは、年齢の数より一つ多く食べるのが風習になっているそうだ。


他に、鰯を焼いて、鰯の頭を柊の枝に刺して門口に刺す風習もあるが、これは鰯を焼いた煙や匂いで鬼を追い払い、また柊の棘で鬼の刺して退散させる意味があると言う。

なお、関西では恵方巻きと呼ばれる太巻寿司を1本、切らずにそのままその年の恵方の方角(2011年の今年は南南東)に向かって無言でかぶりつくと1年間良いことがあると言う風習がいつからか出来ている。

巻き寿司は、福を巻き込むと言う意味で、切らずに食べるのは縁を切らないようにだと言う。

また七福神にちなんで七種類の具材を使って恵方巻きにしているところもあるようだ。

もともとは大阪商人が商売繁盛を祈願して始まったとか諸説あるが、近年になっての流行は、海苔の販売促進のためにお寿司屋さん等が巻き寿司を売るために広めたとも言われている。

関西では、かなり広がって恒例になっているが、最近は関西だけでなく全国的にも広がってきてるようである。

最近は、節分では本来の豆まきをするよりも、恵方巻きを食べて済ます家も多いようだ。

子供がいる家庭ならまだ豆まきをする事も多いのだろうが、そうでないと豆を撒いたり後片付けとか大変なためにやらなくなっていくのだろう。

少し本末転倒の気もするが、これも時代の流れで変わっていくのかも知れない。
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