2012年04月の記事


沖縄~静岡
27日の沖縄の午前中は陽光がぎらぎらして初夏の日差しのなか、
マンションの部屋の係の方ともすっかり慣れて笑顔で見送ってくれた。

PCや衣類等を20キロの荷物を転がし、背中にもバックに詰め込み
那覇空港に着いたのは午前11時頃だった。

朝食はトースト1枚とコップ1杯の水分だけではお腹が空いて
空港内のレストランやお蕎麦屋さんを探そうとすれば、

「コンビニでおにぎり2個買えばいい!」節約家の主人が命令をした。
足りないと思い、私はサンドイッチも自分の判断で買って機内で二人で食した。

沖縄を去る3日前位から冷蔵庫の残飯整理をしながらの食事だった。

本当に食事量も少なく粗食ですごし、レストランで食事を摂る事もなく、
身体に力も入らず飛行機に乗った頃は疲れが出てしまった。

飛行機に乗るのも4度目になった為か、思っていたより慣れた感じがする。
飛行機の窓からずっと外を見ていたら、

初めは頭上に浮かんでいた雲が段々近づき、
あっと言う間に雲の中に入った感じがした。

暫くすると真っ青な空が広がり、
眼下には色々な形の雲がどこまでも飛行機の後をついてくる。

バス、電車を乗り換えて我が家に帰ればゴミの山で不衛生な為、
洗濯機を回しながら片づけを少しはじめれば深夜11時を回っていた。

PCが3日間、接続できなかったので室内の片づけに精を出していた。
庭のさくらんぼの青い実、びわの青い実が今春初めて実をつけて嬉しい。

海沿いには明るいピンク色のレンゲが散らずに私を待っていてくれた。
桜は散ってもレンゲや藤の花を見れば心が洗われる。
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穀雨
7ヶ月も沖縄に住んで、あっという間に帰郷する日が近づいて、
近所の方と別れるのが寂しくなる。

私の性格をよく分かっている人、顔が会えば挨拶だけする人、
「今度、何時会えるのかしら?」言われゝば寂しさがこみ上げる。

足を少しづつ元に戻す為、知人と菩提樹の木の下を歩いたり、
バスに乗って国際通りを少し歩いた。

大通りの横に眼をやれば本通り、平和通りも
平日にも関わらず活気があり大通りは何時も賑わっている。

今日はちょっと足の運動に無理をしたのか、
軽い筋肉痛になった感じがする。

今迄は走っていたのに、走ろうとしても走れなかった。
その時は眼の前が真っ暗になって完治する迄は遠い事を知りショック。

二十四節気の1つ穀雨に相応しく、
様々な穀物を潤す春の雨が降り続いている。

北国では、雨が降れば花散らしの雨になると思う。
花の命が短いように人も運命に逆らう事なく暮らせばいい。

人は、一人暮らしはできても、
人は、一人では生きてゆけないから。
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春はあけぼの 
夜明けが本土より遅いので午前5時半起床。朝食の準備をしておき、
午前7時半に朝食とする。

朝、昼、晩と食事量を減らし粗食を食していた効果がでたのか、
身体が少し軽くなり体調がいい。

清少納言の「枕草子」の冒頭部で「春はあけぼの」と記載されているように、
春は明け方が趣があって一番いい。

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて
紫だちたる雲の細くたなびきたる。「清少納言」

春は、あけぼの頃が良い。だんだん白くなっていく山際が少し明るくなり、
紫がかった雲が細くたなびいているのが良い。

昨日は、27度前後の蒸し暑い午前中、
北朝鮮のミサイルが発射されるかもしれないので部屋の中で過ごした。

窓を開ければ油のような匂いが気になり、
午後2時頃に外出をした。

自衛隊機のあの音が驚くほど大きくて少し恐怖感を覚える。
一週間位前から軍用機のようなものの騒音が賑やかに聞こえている。

そして今朝午前8時26分、長距離弾道ミサイルが発射されたが
失敗に終わった。

再び、今夜は何もなかったように市内は活気を取り戻し、
昼間の暑さが嘘のように涼しい風が吹いている。
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清明に入って 
毎年4月4日~5日頃が二十四節気の1つ清明と記載され、
桜など草木の花が咲きはじめ、万物に清明の気が溢れる頃。

沖縄では親類が祖先の墓前に集い料理などを供える清明祭を
目前に例年、墓掃除をする光景が見られるとの事。

3日は北寄りの風が強く墓地を作業する人の姿は見えなかったらしい。
最近の沖縄は、最高最低気温がともに平年より低い。

冬季は午後7時を過ぎても明るかったのが、
この頃は少し日没が早くなったのだろうか。

真っ青な日没の空に雲があつく相変わらず星も出ていない。
九州などでは「しだれ桜」や「ソメイヨシノ」が満開に咲き、
夜風にぱらぱら散っていた。

私は一ヶ月前から主人とアパート探しに出かけて、
足が痛くなると早めに住まいに帰っていた。

沖縄本島は、どこを見渡してもマンション、アパートが数え切れないほど
建っているが、条件に有った物件は中々見つからない。

これほど主人が沖縄に好意を寄せたものは何だったのか。
半分は分かるけれど後の半分は分からない。

残りの人生は貯金等しなくても好きな事をして暮らせばいい。
老朽化した家も工事をして貰いたいけれど、
本人が反対しているので喧嘩になる事はしたくない。
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