2011 05/05 03:25
Category : 日記
アメリカ同時テロ事件発生時、
ニューヨークにいた友人からのメールをきっかけに
一週間ほどで書いたのが一青窈の「ハナミズキ」。
作詞当時はA4用紙3枚程で「テロ」・「散弾銃」といった言葉があり、
「挑戦的な詞」であったようです。
彼女は歌詞を削除していくうちに
何かもっと人は優しさを交換できないものかなぁと
つらつらつらと自分の周りにある平和を思ってみたら
そこかしこに転がっていることに気づきました。
タイトルの元となった「ハナミズキ」は、
彼女が学生時代よく行った二子玉川の「ドッグウッド(花水木)プラザ」。
明治45年当時の東京市長だった尾崎行雄が
アメリカに桜を贈った返礼として贈られたのが花水木。
ワシントンのポトマック湖畔は桜で彩られ
日本の家庭や皇帝には花水木が花をつけています。
尾崎の目指した日米親交は十分すぎる程図られたといえます。
何年もかかってお互いの思いがいまだカタチとして目に見え
花として実を結んでいるというのが美しいなぁと思い、
「自分の大切なひと」と「その人の好きな人」が
せめて100年続けばいい
そういう願いを込めて創られたのが「ハナミズキ」です。
100年先の平和に祈りを込めて・・・。
ニューヨークにいた友人からのメールをきっかけに
一週間ほどで書いたのが一青窈の「ハナミズキ」。
作詞当時はA4用紙3枚程で「テロ」・「散弾銃」といった言葉があり、
「挑戦的な詞」であったようです。
彼女は歌詞を削除していくうちに
何かもっと人は優しさを交換できないものかなぁと
つらつらつらと自分の周りにある平和を思ってみたら
そこかしこに転がっていることに気づきました。
タイトルの元となった「ハナミズキ」は、
彼女が学生時代よく行った二子玉川の「ドッグウッド(花水木)プラザ」。
明治45年当時の東京市長だった尾崎行雄が
アメリカに桜を贈った返礼として贈られたのが花水木。
ワシントンのポトマック湖畔は桜で彩られ
日本の家庭や皇帝には花水木が花をつけています。
尾崎の目指した日米親交は十分すぎる程図られたといえます。
何年もかかってお互いの思いがいまだカタチとして目に見え
花として実を結んでいるというのが美しいなぁと思い、
「自分の大切なひと」と「その人の好きな人」が
せめて100年続けばいい
そういう願いを込めて創られたのが「ハナミズキ」です。
100年先の平和に祈りを込めて・・・。