フォーラム報告書を作っていただき 北海道集治監釧路分監本館191011
フォーラム報告書を作っていただき 北海道集治監釧路分監本館191011



 そもそもの発端は2017年にさかのぼります。
 1)「さっぱり聞こえなかった、報告書はできんのかネー」。書家の石原清雅先生が申されました。
   北海道立釧路芸術館で開かれた「わが町のお宝展」会場で開かれたフォーラムが終わった時の、お話です。
 2)博物館の専門職員の方の研究業績を発表する機会が縮小し、職務専念が強く求められて調査・研究にあてる時間が減少している。
  21世紀。時代はかわりました。
  地方財政の深刻さは文教政策に費やす余裕も失い、行政区域の人口減は職員定数の切り詰めに<しわ寄せ>されています。
 3)「集治監の町を持つ市町が集いフォーラムを開催したことは、今までにないこと」と受け止め、貴重な機会と判断した。
 そのことはなにより、下の紹介で明らかになっている。


 そうは申しつつも、考えた。
 特に「2)」の事情を察するなら、その取りまとめも、出版も釧路短期大学生涯教育センターの出版事業で取り組もうと。
 そこで当日は、担当職員を同道し、フォーラムの一部始終を録音しておくことは取り組んだ。
 でもその必要はなかった、ことになる。

 標茶町博物館「ニタイ・ト」の学芸員が「紀要に登載&抜き刷り増刷」という手法で、開催自治体が仕上げることを目指されたから。
 ここまで記載。その一部を紹介させていただく。

基調講演の担当に選任していただきました(24~25p)
基調講演は釧路短期大学教授の佐藤宥紹氏により「地域創造拠点としての集治監跡」と題した講話を頂いた。佐藤氏の専門分野は日本北方史で及び史料管理学であり、釧路地方を中心に近代史を研究されているほか、生涯学習への造詣も深く、多くの著作を発表されている。また標茶町との関わりにおいては、標茶町史編纂委員として1993年(平成5年)~2005年(平成17年)まで務められ、近代史を担当されている。また前述のとおりフォーラム開催に先立ちご相談させてもらったが、その際に集治監の町を持つ市町が集いフォーラムを開催したことは、今までにないことであり、内容を記録する必要性について佐藤氏よりご助言を頂いた。



北海道集治監釧路分監本館の改修工事と「北海道遺産」の指定
2018年8月31日から同19年2月28日まで、復原にむけた改修工事が行われていた。この改修工事中、平成29年度から行われていた北海道遺産第3回の選定作業に標茶町では「釧路分館本館を含めた釧路分監関連施設や墓碑を含め、『北海道集治監釧路分館』として申請」したと言うことである。「この時月形町からも『樺戸集治監』として申請を進められており、その後北海道遺産選定に関わる協議の中で“集治監”は北海道において重要な歴史であることが再確認されると共に、北海道遺産としては『北海道集治監』全体として捉えるべきとの考えに纏まった」(24p)と紹介している。

標茶町教育委員会「『北海道集治監釧路分監本館 開館記念フォーラム』の実施状況について」
(標茶町博物館紀要-第2号-抜刷 2021年3月31日)