阿部猛著『万葉びとの生活』


 阿部猛著『万葉びとの生活』
 万葉集におさめられた歌は4500首余とされる.うち文献史学の立場で意味ある歌を軸に官人=都、防人=九州、東人=田舎などなどの生活を、本書は<見える化>してくれている.

 万葉集に「雄略天皇御製」と撰集された歌を、事実とはべつに「なぜ雄略作か」と問う.雄略朝が特別に意識された時期であることの意味を、「大王武(雄略天皇)の時代は、東アジアの国際関係の中で、国家の体制を固めた時代と見ることができる」と解する(5p).
 著名な小野老作「あをによし寧楽の都」歌は、多くの人が知る.本歌は作者が奈良にいて、その繁栄を謳歌しているような印象をうけるが、実は太宰少弐の肩書きからして「当然九州でよまれたものと考えるにみえる」べき、「望郷の歌」(99p)とする.

 人が移るが、都も遷る.大和の時代から飛鳥浄御原・藤原・平城の京にめぐる時代.そこに生きた人に「万葉びと」の称をあたえている.『万葉集』は「わが国の文学史上に屹立する民族の歌集」「重要な歴史史料である」(307p)であるからに、ほかならない.

 生活史の領域、位置づけ、解釈、立証はなかなか困難なのだと考える.無数の人が多様な暮らしを展開するうえでは多数の生活営為がある.しかしながら生活を意識して記載するかといえば、それはむしろ少ない.生活は広汎でありつつ、しかし類似の繰り返しの多い中に、時代の生活を見極めることの難解さでもある.
 そこで、「都-みやこ-」「季節と時刻」「田舎-農業-」「都-みやこ-」「役人たち」「交易と出挙」「衣と食」「人生」「信仰・災異・奇譚」、8章にわけた視点を掲げている.そうすることで時制=「季節と時刻」、空間=「田舎-農業-」「都-みやこ-」、階層=「役人たち」の時代と社会を結節するものとして、「交易と出挙」「衣と食」「人生」「信仰・災異・奇譚」の<切り口>で、生活像を構築する試みに見える.

 この試みが可能であり、評価がたかいのは、豊富な史料の読み込みにあることは間違いない.それだけではなく、先行して開示された律令財政史や土地制度史への豊富な見解が基盤となっていることも明確ともうさねばならない.引用史料を記載することはしないが、本書を通じて史料用語の解釈と読みの規範を示している側面も意味があると、感じた点である.

 自治体史編さんのなかで「住民のぬくもりを感じさせる記載」という要請が実は、ある.しかし前述の困難、難解さの表現か、実は成功している例が乏しいのだと、おもう.つまり総体的に「生活史」領域の業績が少ない点にある.然らば業績はいかにして蓄積できる、か.
 史料を丹念に読み、つないでゆくと、かならず時代の枠組みが明瞭となる.本書の示唆している点であるように思えるのであるが. 著者の意を損ねることをおそれつつ.(1995年 「教養の日本史」シリーズ 東京堂書店)