2021年04月の記事


明子ひとり 
あの日、私が電車、地下鉄、バスに乗り換えて
青木家を訪問した時には、日がとっぷりと暮れていた。 

広いお屋敷にお邪魔する勇気もなく、
嫌々ながら来た為かもっと普通に来ればもっと早く着いたはず。

私が訪れた家は下町情緒あふれる大家族の暮らす家で、
門前まで来ても中々呼び鈴を押す事をためらって居た。

家の中には曾祖父母、祖父母、兄夫婦、二男、お手伝いさん達の住む
大家族だったから恥ずかしくて自分に自信がなかった。

その庭の後ろには社員寮が有り何十人か住んで居た。
聞いたお話では全員が独身男性との事。

私が思い切って玄関の呼び鈴を押すと祖母らしい方が出迎え、
笑顔で部屋を案内して頂いた。

あの資産家の家で過酷な運命が待っていようとは予想していたものの、
この時両親に捨てられた事を痛感する。 

あの時、実家に帰って居たら父は生きていなかった。
何故ならば負債を一人で返済する力がない事を知っていた。

だからと言って自分の人生を選べない私は情けない。
昭和50年代と言えば景気は良かった。

その会社で21年間、身を粉にして働き、
回りの人達にも悪い人等居ないと信じて、
気が付けば40代になっていた。

あの時両親を捨てゝ家出をしていたら、
今の自分は居ないと私はふと気付いた。

明子ひとりより。(エッセイ)
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